あの、凛子が夫に初めて本音を伝えた冬から、二年が経とうとしていた。札幌に、再び春が訪れる。雪が溶け、街に緑が戻り始める。その変化は、三人の心の中にも起きていた。高村凛子は、今では、キャリアカウンセラーとして、多くの女性から信頼される存在になっていた。『Re:bloom』には、凛子を慕って、多くの相談者が訪れる。ある日、凛子は、夫・誠と、モエレ沼公園を訪れた。あの、三人で初めて訪れた、思い出の場所。
「なあ、凛子。お前、ここ、好きなんだろ?」誠が、珍しく優しい声で言った。「ええ。ここは、私にとって、特別な場所なの」「そうか。じゃあ、また、たまに来ようか。二人で」その言葉に、凛子は、心が温かくなった。誠は、変わった。劇的にではないが、確実に。そして、凛子自身も、変わった。もはや、誠の所有物ではなく、対等なパートナーとして。二人は、手をつないで、プレイマウンテンを登った。頂上で、札幌の街を見下ろす。「綺麗ね……」凛子が呟いた。「ああ」誠も、静かに答えた。
神崎麗奈は、離婚から一年半が経ち、新しい生活に慣れていた。娘たちとの関係は、以前よりもずっと良くなった。麗奈は、もう、完璧な母親を演じることをやめた。時には失敗し、時には怒り、時には泣く。でも、それが、本当の麗奈だった。そして、娘たちは、そんな麗奈を、愛してくれていた。ある日、長女の美咲が、麗奈に言った。「ママ、今度、学校の授業で『尊敬する人』について発表するんだけど、ママのこと、話してもいい?」
その言葉に、麗奈は、涙が溢れそうになった。「美咲……本当に?」「うん。ママ、すごいもん。離婚しても、負けないで、私たちを守ってくれて。絵も描いて。ママ、かっこいいよ」麗奈は、美咲を抱きしめた。娘に、尊敬されている。それは、何万人のフォロワーよりも、価値のあることだった。麗奈は、この春、初めての個展を、大きなギャラリーで開くことが決まっていた。小さな一歩だが、確実な一歩だった。
野々宮咲は、翻訳者として、さらに活躍していた。昨年、咲が翻訳した本が、文学賞の最終候補に残った。それは、翻訳者として、大きな名誉だった。咲のもとには、今では、出版社から直接、オファーが来るようになっていた。月収は、安定して50万円を超えていた。だが、咲は、それを誇ることなく、ただ、家族と、穏やかな日々を過ごしていた。ある日、夫・智也が、咲に言った。「なあ、咲。お前のおかげで、俺、人生観が変わったよ」
「え? どういうこと?」「だってさ、お前が働き始めて、俺、初めて気づいたんだ。『家族を養う』ことが、男の役割だと思ってたけど、違うんだよな。家族って、お互いに支え合うものなんだよな」智也の言葉に、咲は、深く頷いた。「ええ。私たちは、チームだもの」「ああ。だから、これからも、一緒に頑張ろうな」智也は、咲の手を握った。咲は、その手を、強く握り返した。完璧な夫婦ではない。でも、お互いを尊重し、支え合う、本当の意味でのパートナーだった。
春の訪れとともに、三人は、それぞれの人生が、確実に変わったことを実感していた。あの、冷たい冬は、終わった。そして、今、温かい春が、訪れている。三人は、『Re:bloom』のサロンで、お茶を飲みながら、語り合った。「私たち、ここまで来たわね」凛子が、しみじみと言った。「本当にね。あの頃は、想像もできなかったわ」麗奈が、微笑んだ。「でも、まだ、終わりじゃないわよね。これからも、私たちは、成長し続けるんだもの」咲が、二人を見つめた。三人は、手を取り合った。そして、窓の外の、春の景色を見つめた。

