その週末、三人は、栞のサロンに、それぞれが抱える危機を携えて集まった。凛子は、朝倉に振られ、自分の依存体質に向き合っていた。麗奈は、夫に写真がバレて別居を告げられ、娘たちとの関係を必死に修復していた。咲は、順調だったが、二人の苦しみを目の当たりにして、心を痛めていた。三人は、ソファに座り、しばらく、誰も口を開かなかった。栞は、静かにお茶を淹れ、三人の前に置いた。「……皆さん、よく来てくださいました」栞の声は、いつもと変わらず、穏やかだった。
「栞さん……私たち、もう、だめかもしれません」凛子が、か細い声で言った。「どうして、そう思うの?」「だって……何もかも、うまくいかない。変わろうとすればするほど、傷つくだけで」栞は、凛子の目を見つめた。「凛子さん。変わるということは、痛みを伴うものです。今まで着ていた服を脱いで、新しい服を着る時、一瞬、裸になる瞬間がある。その瞬間は、寒くて、不安で、心細い。でも、その瞬間を乗り越えなければ、新しい服は着られないんです」
栞は、三人を見渡した。「皆さんは今、その『裸の瞬間』にいるんです。だから、辛い。でも、それは、確実に前に進んでいる証拠なんですよ」栞は、立ち上がり、窓の外を見つめた。「実は、私も、皆さんと同じ道を歩んできました」三人は、息をのんだ。栞は、ゆっくりと、自分の過去を語り始めた。「十年前、私は、完璧な妻でした。夫は大手企業の役員で、私はその妻として、社交界で振る舞うことを求められました。でも、私自身の心は、どんどん壊れていきました」
栞の声は、静かだったが、その奥に、深い痛みが滲んでいた。「ある日、私は、夫以外の男性と、関係を持ちました。それは、逃避でした。自分を取り戻すためではなく、ただ、現実から逃げるための、卑怯な行為でした」三人は、黙って聞いていた。「でも、その関係は、私を救ってくれませんでした。むしろ、さらに深い闇に落としました。そして、夫にバレて、離婚しました」栞は、振り返った。「でも、離婚したからといって、すぐに幸せになれたわけではありません。私は、長い時間をかけて、自分自身と向き合いました。そして、ようやく、気づいたんです」
「何に……気づかれたんですか?」麗奈が尋ねた。「幸せは、誰かに与えてもらうものではない、ということです。自分で、自分の手で、作り上げるものだ、ということです」栞は、三人の前に座り直した。「凛子さん。朝倉さんは、あなたを救ってくれる王子様ではありません。あなた自身が、自分を救うんです」「麗奈さん。ネットの数字は、あなたの価値を証明してくれません。あなた自身が、自分の価値を認めるんです」「咲さん。あなたは、もう道を見つけています。その道を、信じて、進んでください」
栞の言葉が、三人の胸に、静かに染み込んでいった。「皆さん、もう一度、立ち上がりましょう。今度は、誰かのためではなく、自分自身のために」その言葉が、三人の心に、小さな火を灯した。凛子が、静かに尋ねた。「栞さん。あなたは、離婚した後、どうやって生きてきたんですか?」栞は、少しだけ遠い目をした。「最初の一年は、本当に辛かった。毎日、自己嫌悪と後悔に苛まれていました。でも、ある日、友人が言ったんです。『過去は変えられない。でも、未来は、今の自分が作れる』と」
栞は、三人を見つめた。「だから、私は、決めたんです。過去の自分を許し、新しい自分を作ろう、と。そして、このサロンを開いた。かつての私のように苦しんでいる女性たちに、寄り添いたくて」その言葉が、三人の心に、深く、深く、響いた。麗奈が、涙声で言った。「栞さん……私たち、本当に、やり直せるんでしょうか」栞は、優しく微笑んだ。「もちろんです。今、この瞬間から、やり直せます。何度でも」
咲が、小さな声で言った。「でも……私たち、まだ、弱くて……」「弱くていいんです。完璧である必要はありません。大切なのは、一人じゃないということ。皆さんには、仲間がいます」栞は、三人の手を取った。「だから、もう一度、立ち上がりましょう。一緒に」その言葉に、三人は、涙を流しながら、頷いた。この部屋で、この三人と栞がいる限り、自分たちは、決して一人ではない。その確信が、三人の胸に、確かな光となって、灯り始めていた。

