第21章「凛子の再出発」

この記事は約3分で読めます。

栞の告白を聞いた翌日、高村凛子は、一つの決意をしていた。朝倉との関係を、完全に断ち切る。そして、自分自身と、真正面から向き合う。凛子は、朝倉に、最後のメッセージを送った。『朝倉さん。今までありがとうございました。あなたの言葉で、私は、自分の間違いに気づくことができました。私は、あなたに依存していただけでした。それは、愛ではありませんでした。これから、私は、自分自身を見つけます。どうか、お元気で』

送信ボタンを押した後、凛子は、朝倉の連絡先を、すべて削除した。もう、戻らない。前を向く。凛子は、次に、夫・誠と、真剣に向き合うことにした。その夜、凛子は、誠が書斎から出てきたところで、声をかけた。「あなた。少し、話がしたいの」誠は、少しだけ驚いた顔をした。「……何だ」「リビングで、話しましょう」二人は、ソファに向かい合って座った。凛子は、深く息を吸い込んだ。

「あなた。私、これから、キャリアカウンセラーの資格を取ろうと思っているの」誠は、眉をひそめた。「キャリアカウンセラー? 何だそれは」「女性のキャリア支援をする仕事よ。資格を取って、いずれは、自分でサロンを開きたいの」誠は、しばらく黙っていた。そして、冷たく言った。「お前、何を馬鹿なことを言っているんだ。お前は、高村家の妻だ。そんな仕事をする必要はない」

凛子は、以前なら、ここで引き下がっただろう。でも、今は違った。「あなた。私は、あなたの妻であると同時に、一人の人間です。そして、私には、私自身の人生があります」「凛子……」「あなたと私は、『夫婦』という関係でつながっています。でも、それは、私があなたの所有物だということではありません」凛子は、誠の目を、真っ直ぐに見つめた。「私は、あなたの妻として、これからもあなたを支えます。でも、同時に、私自身の人生も、生きたいんです」

誠は、長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。「……お前は、変わったな」「ええ。変わりました」「それは……俺のせいか?」その問いに、凛子は、少しだけ驚いた。誠が、自分を省みるなんて。「いいえ。誰のせいでもありません。これは、私自身の選択です」誠は、深く息を吐いた。「……分かった。お前がそこまで言うなら、好きにしろ。ただし、家のことは、ちゃんとやってくれよ」

その言葉に、凛子は、少しだけ微笑んだ。完璧な理解ではない。でも、一歩、前進した。「ありがとう、あなた。家のことは、もちろん、ちゃんとします」それから、凛子は、キャリアカウンセラーの通信講座に申し込んだ。毎日、テキストを読み、課題をこなした。それは、大変だった。でも、充実していた。自分のために、学ぶ。それは、結婚以来、初めてのことだった。

三ヶ月後、凛子は、キャリアカウンセラーの資格試験に合格した。合格通知を見た瞬間、凛子は、涙が溢れてきた。私は、やり遂げた。自分の力で。凛子は、その夜、誠に報告した。「あなた。私、キャリアカウンセラーの資格、取れたわ」誠は、新聞から目を上げ、凛子を見た。「……そうか。よかったな」その言葉は、素っ気なかった。でも、誠の目には、少しだけ、誇らしげな光があった。

凛子は、それから、栞のサロンで、週に一度、無償でキャリアカウンセリングを始めた。訪れる女性たちは、皆、凛子と同じように、自分の人生に悩んでいた。凛子は、一人一人の話を、丁寧に聞いた。そして、アドバイスをした。それは、かつてギャラリーでキュレーターをしていた時以来の、充実感だった。ある日、カウンセリングを受けた女性が、涙を流しながら言った。「高村さん、ありがとうございます。あなたのおかげで、私、もう一度頑張れそうです」

その言葉が、凛子の胸を、温かく満たした。私は、誰かの役に立っている。それは、凛子にとって、何よりも価値のあることだった。夫との関係は、劇的に改善したわけではなかった。でも、少しずつ、変わっていった。誠は、凛子の仕事を、少しずつ、理解し始めた。そして、時折、「今日のカウンセリング、どうだった?」と尋ねるようになった。凛子は、その変化を、大切にした。関係は、デザインできる。少しずつ、石を置いていけば。

第22章「麗奈の再定義」へ続く      第20章「栞の告白」へ戻る

タイトルとURLをコピーしました