【著者あとがき】~理想を追いすぎた過去と、本当の対話~

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この物語を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。

私の名前は、柊一樹。58歳です。

かつては組織を率いる立場にいました。今は、一人ひとりの声に耳を傾ける日々を送っています。

「なぜ、男性のあなたが、女性の物語を書いたのですか?」

この質問を、これまで何度も受けてきました。そして、これからも受け続けるでしょう。当然の疑問です。私は男性です。出産も、育児も、姑との関係も、経験していません。「完璧な妻」を演じる苦しみを、本当の意味で理解できる立場ではありません。

でも、だからこそ、この物語を書きました。


■ この物語が生まれた理由

この物語は、元妻と彼女の友人たち、そして経営者時代に向き合った女性社員たち、行政の女性支援窓口で出会った方々など、多くの女性たちの実体験をもとにしています。

私は、28歳で結婚しました。

それなりの女性経験はありましたが、彼女は、私が初めて本当に愛した女性でした。聡明で、美しく、仕事のできる人。そして、何より、一緒にいると心が穏やかになる人でした。

結婚前、私は彼女に尋ねました。「君の、三つの願いを教えてくれ。それを、必ず叶えるから」

彼女は、少し照れながら、こう答えました。

「一つ目は、静かな住宅街に、自分たちの家を持つこと」
「二つ目は、毎年、必ず二人で旅行に行くこと」
「三つ目は……あなたが、いつも笑っていてくれること」

私は、その三つを、すべて叶えました。彼女が望んだ場所に戸建住宅を購入し、毎年、海外旅行に連れて行き、そして、彼女の前では、いつも笑顔でいました。

それだけではありません。私は、彼女を幸せにしたくて、たくさんのことをしました。

ミシュランの星付きレストランでの食事。有名ブランドの服やバッグ。誕生日には、洞爺湖ウィンザーや大阪リッツカールトンといった高級ホテルで祝いました。

私自身も高級外車に乗っていましたから、彼女にも同じクラスの車を買いました。三年ごとに最新モデルに買い替えました。

「俺の妻は、高級車に乗っている」

その事実が、私を満足させていたのです。彼女が本当にその車を気に入っていたかどうか、一度も、尋ねたことはありませんでした。

彼女が昔から憧れていたスターのディナーショーのチケットを取り、楽屋まで行って、直接会わせたこともありました。

私は、「良い夫」だと、自負していました。彼女も、いつも笑顔で「ありがとう」と言ってくれました。

でも、今思えば、それらはすべて、「私がしたかったこと」だったのです。

彼女が本当に望んでいたことを、私は一度も、尋ねたことがありませんでした。私は、彼女を愛していたつもりでした。でも、それは、愛ではなく、独りよがりな自己満足だったのかもしれません。

セックスではなく、マスターベーション。

そんな言葉が、今の私の頭をよぎります。私は、彼女と「交わって」いたのではなく、彼女という鏡に映った「理想の自分」に、酔っていただけだったのです。


■ 離婚という転落

40歳の時、妻から離婚を告げられました。

「あなたは、もう、経営者としてしか生きていない。私との会話は、業務連絡だけ。あなたは、私を見ていない。私という人間ではなく、『妻』という役割しか見ていない」

その言葉が、私の心臓を貫きました。

私は、反論しようとしました。「でも、俺は、お前のために、たくさんのことをしてきたじゃないか」

ミシュランのレストラン。ブランドのバッグ。高級ホテルでの誕生日。三年ごとに買い替えた高級外車。私も同じクラスの車に乗っていた。「理想の夫婦」を演出したかった。

でも、彼女は、その車を、一度も「好き」だと言わなかった。ただ、「ありがとう」とだけ、言っていた。私は、その違いに、気づかなかった。

彼女が憧れていたスターのディナーショーで、直接会わせたこともあった。すべて、彼女のためだった。そう、信じていました。

でも、彼女は、静かに首を振りました。

「それは、全部、あなたがしたかったことでしょう?私が欲しかったのは、そんなものじゃない。私が欲しかったのは、あなたとの、本当の対話だった」

その瞬間、私は、すべてを理解しました。

私は、彼女の「三つの願い」を叶えたつもりでいました。でも、その「形」を叶えただけで、「心」は、何一つ満たしていなかったのです。

静かな住宅街の戸建住宅。でも、そこで彼女が感じていたのは、孤独でした。

毎年の海外旅行。でも、私は旅先でも仕事のメールをチェックし、彼女と向き合っていませんでした。

私の笑顔。でも、それは、「経営者としての顔」であって、「夫としての素顔」ではありませんでした。

そして、何より、私たちは、価値観が違いすぎたのです。

私が「幸せ」だと信じていたものは、彼女にとっては、重荷だったのかもしれません。私が「愛」だと思っていたものは、彼女にとっては、独りよがりな押し付けだったのかもしれません。

私は、彼女を愛していました。でも、愛することと、理解することは、別なのだと、その時、ようやく気づいたのです。

私は、反論できませんでした。なぜなら、すべて、事実だったからです。私は、妻の好きな食べ物も、趣味も、夢も、何一つ知りませんでした。結婚して12年、私は妻と「対話」したことが、一度もなかったのです。

離婚後、私は、すべてを失いました。いや、正確には、すべてを「手放しました」。会社も、M&Aで売却しました。もう、理想を追いすぎることに、疲れていたのです。

私は、適応障害と診断されました。半年間、何もできませんでした。ただ、部屋で天井を見つめているだけの日々。生きている意味が、分かりませんでした。


■ 元妻との再会

それから2年後、私は、偶然、元妻と再会しました。

カフェで、彼女は一人で本を読んでいました。以前とは、何かが違っていました。穏やかで、でも、確かな強さを持っている。そんな雰囲気でした。

「……久しぶり」

私が声をかけると、彼女は驚いた顔をしましたが、すぐに微笑みました。

「久しぶりね。元気だった?」

私たちは、数年ぶりに、「対話」をしました。彼女は、離婚後の日々を、静かに語ってくれました。彼女も、結婚生活の中で、「完璧な妻」を演じることに疲れていたこと。誰にも言えない孤独を抱えていたこと。そして、離婚をきっかけに、同じ悩みを持つ友人たちと出会い、支え合い、少しずつ自分を取り戻していったこと。

「あなたと離婚して、良かったと思ってる」

彼女は、静かに言いました。

「あなたのせいで不幸になった、とは思わない。私も、『完璧な妻』を演じることを選んでいたから。でも、あの関係を続けていたら、私は、本当の自分を見失っていたと思う」

その言葉を聞いて、私は、初めて、元妻を「一人の人間」として見ました。彼女は、「妻」ではなく、彼女自身だったのです。


■ 物語を書く決意

元妻の話を聞いた後、私は、経営者時代に向き合った女性社員たち、会社売却後にボランティアで関わった行政の女性支援窓口で出会った方々の声を、思い出していました。

彼女たちは、皆、それぞれの「理想」を追いすぎていました。理想の社員、理想の母、理想の娘。その仮面の下で、苦しんでいました。

私は、この物語を書くことを決めました。

彼女たちの苦しみ、葛藤、そして再生の物語を、世に届けたい。それが、かつて理想を追いすぎて、元妻を苦しめた私にできる、唯一の贖罪だと思ったのです。

元妻は、こう言ってくれました。

「書いてもいいよ。でも、私たちの名前は出さないで。これは、私たちだけの物語じゃない。きっと、同じように苦しんでいる女性たちが、たくさんいるから」


■ 男性だからこそ、見える景色

私は、男性です。だから、女性の苦しみを、完全には理解できません。

でも、だからこそ、見える景色があると思っています。

それは、世界を360度、俯瞰する視点です。

時間軸で見れば、過去から現在、そして未来へとつながる歴史。空間軸で見れば、個人、家族、社会、そして世界全体。上下で見れば、権力構造、ジェンダー、経済格差。

女性たちが「当事者」として苦しんでいる渦の中にいる時、私は、その渦を外から眺めることができます。それは、冷たい傍観者ではなく、「もう一つの視点」を提供する役割だと思っています。

そして、私自身も、理想を追いすぎて、心を壊しました。性別は違えど、「理想を追いすぎて、本当の自分を見失う」苦しみは、同じです。


■ あなたへのメッセージ

もし、あなたが今、苦しんでいるなら。

もし、「私は、このままでいいのか」と悩んでいるなら。

どうか、一歩を踏み出してください。

完璧である必要はありません。失敗してもいい。迷ってもいい。大切なのは、「自分の人生を、自分で選ぶ」ことです。

そして、一人で抱え込まないでください。仲間を見つけてください。あなたの痛みを分かってくれる人は、必ずいます。

私は、多くの女性たちから、たくさんのことを学びました。彼女たちは、私に「対話」の大切さを教えてくれました。「見る」のではなく、「見られる」こと。「聞く」のではなく、「聴く」こと。そして、「共にある」こと。

この物語が、あなたの人生に、小さな光を灯すことができたなら、それ以上の喜びはありません。


■ 最後に

この物語の収益の一部は、DV被害者支援団体、シングルマザー支援団体に寄付させていただきます。

また、もしあなたが「誰かに話を聞いてほしい」と思ったら、私のカウンセリングを利用してください。経営者時代から20年以上、多くの方々の話を聞いてきました。あなたの話も、聞かせてください。

Re:bloom — 再び、花開く。

その言葉を胸に、あなたの人生が、温かい春を迎えますように。


柊 一樹(ひいらぎ かずき)
キャリアカウンセラー / ライター
1967年生まれ、札幌在住
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